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Ki-no-ko fungi
9 novembre 2014

Hommage à Yoshimi Sensei 吉見昭一先生の菌類議座の思い出

Yoshimi sensei
吉見昭一『虫をたおすキノコ』1984 大日本図書

参 考¶吉見先生の図書はどれも感動的である。写真も自分で撮ったものが多い。こういう本がある。『たおされたカシの木』(文研出版)、『キノコの女王』『小 さなコップのひみつ』(大日本図書)、『森の妖精』(偕成社)、『日本のキノコ』『おどるキノコ』(岩崎書店)、『京都のキノコ図鑑』(京都新聞社)。

Yoshimi Sensei 1989 Daisen吉見 昭一(ヨシミ ショウイチ) 1928年徳島県生まれ。立命館大学法学部卒業。永年教職に携わり,京都市立錦林小学校長を最後に退職。現在は,京都市教育委員会特別社会教育指導員,京 都女子大学非常勤講師を務める。日本菌学会名誉会員。専門分野は腹菌類及び地下生菌の研究 加々美 光男(カガミ テルオ) 1963年山梨県生まれ。きのこと楽しくつきあう集まりとして「野のきのこの会」を主宰。

 千葉菌類談話会会長 腰野 文男

腹菌類研究の第一人者である吉見昭一先生が、去る平成15 年の春3 月にお亡くなりになった。

千葉菌類談話会の講師としてハラタケ目の権威本郷次雄先生と共に先生の熱心な名講義は会員にとって忘れる事は出来ない。

先生は1928 年徳島県のお生まれで、まだまだ日本の菌学のため大いにご活躍いただきたいお方であった。
私の書斎にも先生のお書きになった、
「森の妖精」(僧成杜)、
「日本のキノコ」(岩崎書店)、
「虫をたおすキノコ」(大日本図書)、共著の「京都のキノコ図鑑」(京都新聞社)、
「日本のきのこ」(山と渓谷社)や先生から直接いただいた
「四季のきのこ」(株式会社サンライフ企画)
などが愛藏されているが、これら数多い著書からも先生の巾広いご活躍の一端を伺い知ることができる。千葉菌類談話会の菌類議座でしかお目にかかっていない私にはとても先生の生涯の片隣にも触れる事はできないが、本会の講師として熱心にご指導いただいた時の思い出を綴って先生のご冥福を心からお祈りするものである。


平成5 年11 月16 日の菌類講座

講座内容は省略。会報 1994 No.6 をご覧いただきたい。吉見昭一先生とはこの時、初めてお目にかかった。平成7 年12 月23 日(土)24 日(日)の菌類講座講座内容は省略。吉見先生が京都新聞五大賞の中の教育賞を受賞のニユースもあるので会報 1995 No.11 をご覧いただきたい。吉見先生の誠実なお人柄もあって2 日間にわたる熱心な議義を受講してハラタケ目とは0違う腹菌の世界の魅力に惹かれ地下生菌への情熱も一層高まってきたように思われる。

平成8 年8 月17 日(金)18 日(土)の菌類講座

Yoshimi Schôitchi

会報1997 No. 13 に 「第5 回千葉菌議座腹菌類の観察と分類に参加して」 という標題で徳田あゆみさんが地下生菌の種類のこと、樹木の種類や発生の時期・条件から吉見先生愛用のくまでの事など、議座の内容を事細かく書かれていのでご覧いただきたい。

地下生菌への熱も高まった折、待望の吉見昭一先生による地下生菌の堀り方の実習と講義が東京大学千葉演習林と千葉県立中央博物館で2 日間にわたって開かれる事になった。前日の8 月16 日(木)は内浦山県民の森の施設に宿泊し当日は会員29 名が参加した。私もかねてより近くのストアで携帯用の態手を買い求めその日の来るのを楽しみにしていた。清澄山の東京大学の千葉演習林はその頃から山ヒルが多くなり受講生の間にもその事で多少の不安があったようである。

8 月17 日、確か荒樫沢の演習林だったと思うが吉見先生から掘り方のポイントや観察のポイントなど基本をご指導いただいて、いよいよ掘り方の実習が始まった。私も用意した例の態手を使ってご指導いただいたとおり大樹の根元を注意深く掘り進んでいった。しばらくして細根のあたりに何やら塊状のものを数個見つけ、これは地下生菌ではないかと小躍りしながら丁度宝物を堀り当てたように丁寧に掘り出していった。早速吉見先生にお見せしたところキツチダンゴという子のう菌で千葉県新産である事がわかった。午前の実習が終わる頃、さすがは吉見先生、観察終了後は土と落ち葉を丁寧に元に戻す事を忘れないようにという、いわば地下生菌掘りのエチケットについてご指導があった。午後は大樹の多い実習地に場所を移動した。現地で吉見先生から幹の太さ(直径)の3倍位のところから掘り始めるとよいという探し方のコツを教えていただき、今度はシヨウロの仲間を掘り当ててやろうというので受講生の意気もますます高まっていった。私も大樹の根元を夢中で次から次へと熊手で掻いてまわったが、結局その日は目的のシヨウロの類は見つける事ができずじまいであった。やはり地下生菌を堀り当てるのは難しいというのがその日の実感であったろうか。

掘る事に熱中したせいか、初め気にしていた山ヒルの事は誰もがすっかり忘れていたようである。千葉菌類談話会通信 20 号 5おり大樹の根元を注意深く掘り進んでいった。しばらくして細根のあたりに何やら塊状のものを数個見つけ、これは地下生菌ではないかと小躍りしながら丁度宝物を堀り当てたように丁寧に掘り出していった。早速吉見先生にお見せしたところキツチダンゴという子のう菌で千葉県新産である事がわかった。午前の実習が終わる頃、さすがは吉見先生、観察終了後は土と落ち葉を丁寧に元に戻す事を忘れないようにという、いわば地下生菌掘りのエチケットについてご指導があった。午後は大樹の多い実習地に場所を移動した。現地で吉見先生から幹の太さ(直径)の3倍位のところから掘り始めるとよいという探し方のコツを教えていただき、今度はシヨウロの仲間を掘り当ててやろうというので受講生の意気もますます高まっていった。私も大樹の根元を夢中で次から次へと熊手で掻いてまわったが、結局その日は目的のシヨウロの類は見つける事ができずじまいであった。やはり地下生菌を堀り当てるのは難しいというのがその日の実感であったろうか。
掘る事に熱中したせいか、初め気にしていた山ヒルの事は誰もがすっかり忘れていたようである。

(その日の成果)アオゾメクロツブタケ(担子菌)キツチダンゴ(子のう菌)

待望の地下生菌堀りの実習を終えて清澄の演習林を後にしたのは日もすっかり暮れようとしている頃で、予定より帰るのが大分おそくなってしまい帰りの車が千葉市へ到普したのは午後8 時か9 時頃だったろうか。ともかく腹もすいたので吉見先生と同行した幹事の皆さんと一緒に夕食をしようという事になった。吉見先生に、先生夕食は何がよろしいでしようか、とお聞ききしたところ、先生は胃腸の手術をした後で点滴をはずしてきてしまったので何か消化のよいものがよいと事もなげにおっしゃったので同行の皆さんはびっくりしてしまった。先生は術後の静養期間中だったのである。それではソバならばというのでソバ屋を探す事になったが、その日は生憎千葉市内は有名なだらだら祭りの真最中で、街は人また人でにぎわっており夜おそくまでやっているソバ屋を見つける事などとてもできない。さんざん迷ったあげくセントラルプラザ(今はなくなってしまった)のソバ屋を思い出してようやくの事でたどりついたが、これ又生憎な事に、今火をおろしてしまったところだという。腹も大分すいてきたし本当にがっかりしてしまったが、それでもふと気づくと同じ階の中華料理店の方はまだ営業中のようであった。

早速先生に伺ってみたところラーメンなら大丈夫かも知れないというご返書で、注文したまではよかったがウエートレスが持って来たラーメンを食しはじめてしばらくすると、先生がどうも気分が悪いといってトイレにお立ちになった。さあ同行の皆さん心配になってしまい食事ものどを通らない。それからややしばらくして「大丈夫です」といって先生が帰ってこられ、一同ほっと胸をなでおろした事が未だに記憶に残っている。ところが翌日の18 日になると吉見先生はそんな事は忘れたようにお元気で熱心に講義と実習を続けられたのである。講義内容は省略させていただくが、当日のノートを見ると先生の独特な講義は腹菌類研究の醍醐味を感じさせるというメモ書きがあった。

今私の手元に当日吉見先生のご指導によって書いたキツチダンゴの写生図と生物顕微鏡による胞子の拡大写生図が残っている。この写生図を見る度に、その夜の出来事や翌日の熱心な名講義を思い出してならない。

平成15 年3 月、先生の訃報に接して、千葉菌類談話会の菌学講座においでになった時の温顔を思い浮かべ、先生の責任感の強さに敬服すると同時に、ただ驚くばかりであった当時の思い出を綴った次第である。地下に帰った先生のご冥福を千葉菌類談話会の皆様と一緒に念ずるものである。

 

Shoichi Yoshimi : Né dans le département de Tokushima en 1928. Directeur de l'école élémentaire municipale Kinrin de Kyoto. Membre de la Société japonaise des sciences mycologiques.

Auteur de :

"Taoshita Kashi no Ki J (Bunken Shuppan)

" Reine des champignons I

"Le secret d'une petite tasse"

"Des champignons qui goûtent les insectes" (Livre de Dainichi)

"Champignons japonais"

"Champignons dansants" (Iwasaki Shoten), etc.

Adresse : 9. Kita Shirakawa, Sakyo-ku, Kyoto-shi. TEL 075-791-6463

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Sakae Takayama Né dans la préfecture de Kyoto en 1938. A travaillé chez Izumiya Co., Ltd. Membre de la Japan Mycological Society et membre du Kansai Fungal Discussion Group.

Livre,

"Exploration of mushrooms" (co-écrit). Adresse actuelle: 2-14-14 Ichibunbashi, Kyo-shi, Nagaoka. Octobre 1986 Shoichi Yoshimi et Sakae Takayama

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