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p_92【絵】 チャワンタケ属の一種、Holmskjold から、1799年。

    「トリュフを生む蝿」の論争がこれほど盛んであれば、だれもが興味を示すだろうが、昆虫学者であり菌学者のファ-ブルが、虫とキノコの関係について深い関心を持ったのは当然である。ある種の虫は、その食料であるいくつかのキノコと従属関係にあるので、ファ-ブルは先ず、特にトリュフやその他の地中性のキノコを調べた。

    《甲虫目の中で、キノコを餌とする一番面白い虫はフランスムネアカコガネBolbocera gallicus Muls.)である。この虫の習性や、小鳥のようなピィピィという歌声、食べ慣れた地中性の Hydnocystis arenaria Tul. 【砂地のジマメタケ】を求めて縦に井戸を掘ることなどは、前にも書いた通りである。また彼らはトリュフ類も大好物である。私はこの虫が彼の城館の奥深くで、ハシバミの実ほどの本物のセイヨウショウロ属の  Tuber requienii Tul. を抱えているのを捕まえたことがある。私はこの虫の幼虫を知るために、大きな深鉢に新しい砂を敷いて、金網の蓋をかぶせて飼育を始めてみた。ジマメタケセイヨウショウロが手に入らないので、代りに、彼が好みそうな堅さのいろいろなキノコを与えてみた。ノボリリュウタケ、シロソウメンタケ、アンズタケ、チャワンタケのどれも、彼の気に入らなかった。

    《松林の浅い地中や、しばしば地表近くに発生する、小さなじゃがいものようなショウロ属(Rhizopogon)の一種は大いに気に入ったようである。私はそれを一掴みほど飼育鉢の中にばらまいたやった。私はこのムネアカコガネが夜になると井戸を出て、砂地の表面を探索しているところを何回も見つけた。虫はショウロの中から自分の力に合った大きさの一個を選ぶと、住拠の方へそろそろと転がしていった。それは大きすぎたので、玄関の戸代わりにそこに残したまま虫は家に入った。次の朝、私はそのキノコが下部から齧られているのを見つけた...今までに私に分かったこの虫の食べ物は、ジマメタケ、セイヨウショウロ、ショウロだけである》(10巻、「昆虫とキノコ」)。

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【絵】ミキイロウスタケ、(アンズタケ属)ファ-ブルの水彩画、1893年12月5日

      しかしながら、昆虫とキノコの関連は地中性のキノコに限らない。私達の先を越して、秘にキノコを襲う競争者の虫の習性について、ファ-ブルは長くて詳しい研究をしている。

    《昆虫の特にその幼虫は、典型的なキノコ食いである...甲虫目のキノコ好きのナンバーワンに、私は赤、青、黒の素敵な衣装を着けたキバネハネカクシ (Oxyporus  rufus  Lin.) を挙げよう。尻から突き出た松葉杖で歩く幼虫と一緒に、この虫はポプラのフミヅキタケ (Pholiota  aegerita  Fries) をよく訪れる。この虫は、このキノコ一点張りの専門家である。私は春でも秋でも、この虫によく出会うが、このキノコ以外のところでは見たことがない。

    《実際、この食通はなかなかの選択眼を持っているものだ。ポプラのフミヅキタケは汚れた白色で、表面はしばしばひびわれ、胞子の発散によってひだは赤褐色に汚れてはいるが、我が国では、美味なキノコの一つに数えられている。人を外観によって判断すべきではないように、キノコも然りである。あるキノコは素晴らしい色と形をしているが有毒であったり、他のものはみすぼらしい様子をしていても美味なものもある...

    《ヒロズコガの場合はもっと広い領分を受け持つ。その幼虫は5・6ミリメートルの白い蛆で、頭は黒く光っている。この虫は多くのキノコに多数が群をなしている。私には解らないが蛆の味覚に合うために、特に柄の上部から食い始め、やがて傘の厚みの方に向かって広がっていく。彼らはイグチ類、ハラタケ科、チチタケ属、ベニタケ類の常連であり、数種のキノコと、ある種の系統を除けば、すべてがこの虫の好みに合う。この虚弱な蛆は、食い荒したキノコの跡に粗末な白い絹の繭を紡ぐと、さえない蛾になるが、いちばんの狼藉ものである。

p_93【絵】 ベニテングタケ。シェファーの図版から、1772年。

    《ところで、これらのすべての齧じり屋は食事の食べ残しや、かけら、屑などですぐにそれだとわかる。彼らは廊道の壁面をきれいに掘ったり、切り込んだり、削ったりする仕事をする職人である》(10巻、「昆虫とキノコ」)。

      昆虫は本能によって人間が「食べられる」キノコを知っており、害のあるものは拒否する、と世の中の人は無邪気に信じているが、しかしそれは間違いであり、次のファ-ブルの主張は現在でもまったく有効である。

    《もしここに昆虫に関する重大な結果を招く問題が介在するのでなければ、イグチ類やハラタケ類との私の長い交友関係を語るのは、時宜を得たことではない。いろいろなキノコは食用となり、中には評判の高いものさえあるが、また別の種は恐ろしい毒を持っている。植物学の研究は誰もができるわけではないので、キノコが無害か有毒かをどのように見分けるのであろうか。広く一般に信じられているのは、昆虫、特にその幼虫や蛆虫が受け入れるキノコであれば、どれでも心配なく食べることができるが、虫が拒否したキノコはすべて食べてはいけない...この考え方は一見理屈に合っているように見えるが、食べ物に対する胃の消化能力がそれぞれ異なることを考慮していない...

    《壊すと青に色変りするあらゆるイグチは評判が悪い。本にはそれらを危険か、少なくともいかがわしいものとして記している。

その中の一つは「悪魔」の名前さえ付けられており、私達の不安を反映している。しかし、ヒロズコガと蛆は別の意見の持ち主で、私達が怖がっているものに彼らは飽くなき食欲を見せる。奇妙なことに、この悪魔イグチの熱狂者達は、私達が美味だとするキノコにはまったく振り向きもしない。例えば、美味しいことでもっとも有名なタマゴタケを、食通の大家である帝政ローマ人は「神の食物」、「皇帝のキノコ」と呼んだが、それさえも虫は食べようとしない。何度調べても、野にあるタマゴタケ(Amanita  caesarea  Scop.)で、蛆に食われたのは一度も見たことがない...同じく軟体動物の  Arion【コウラナメクジ?】もあまり食指を動かす風はない。タマゴタケのそばをたまたま通りかかり、他に良さそうなものが見つからない時は、仕方なく止まって味見をするが、すぐやめてしまう。もし私達がキノコの食用の可否を決めるのに、昆虫やなめくじの意見に従うのであれば、まさしく一番おいしいものを放棄しなければならないことになる》(10巻、「昆虫とキノコ」)。

      虫とキノコの関係にはもう一つの消費者のタイプがある。上記の《本当に食べる、つまり少量を切り取り、そのまま飲み込める量に噛み砕く》動物以外に、もう一つは、古いキノコに繁殖しながら腐らせる幼虫である。

    《もう一つは液化の専門家で、化学者として働き、反応剤を使って溶解させる。これらはすべて双翅目の幼虫で、平民のイエバエ科に属するが、あまりにも多くの種があるので、成虫を入手するために、わざわざ幼虫を飼育して区別しても、あまり役には立ちそうもないし、長い時間もかかる。したがって一般的な言葉で単に蛆と呼ぶことにする。

    《彼らの活動振りを見るために、この地で採集できる一番大きなキノコであるウラベニイグチ(Boletus  satanas  Lenz)を実験材として選んだ。その傘は汚れた白色で、管孔面は鮮やかなオレンジ赤色をしており、柄は球根状に膨らみ、洋紅色の葉脈のような美しい網目がある。私は虫食いの無い一本のキノコを真っ二つに切ると、それぞれ深い皿に入れて並べて置いた。一方の皿は比較のための証人としてそのままにしておき、他方は、崩れかかった別のイグチから採取した二ダースばかりの蛆を管孔面に撒いておいた。

    《この準備をしたその日から、もう蛆の溶解作用は確認された。最初鮮紅色であった表面は、管孔面が褐色がかり、黒い鍾乳石のように傾斜を滴り落ちる。ほどなく肉が侵され、数日で液体タールのような薄いポタージュになった。流動性はほとんど水くらいである。このポタージュの中で蛆は動き回り、尻を振りながら時々後方の呼吸孔を水面に浮き上がらせる...もう半分のイグチ、蛆を撒かなかった方は、水分の蒸発によって少々しおれてはいるが、最初と同じくしっかりしている。したがって、キノコが溶解したのはやはり蛆の、蛆だけの作業によるものであった》(10巻、「昆虫とキノコ」)。

p_94【絵】ササクレヒトヨタケを中心に他のキノコを組み合わせたファ-ブルの図版、1885年11月13日。

      ファ-ブルは、Boletus  purpureus 【日本では未知種?】、ヤマドリタケ、アイゾメイグチなどについても同じ実験をしている。彼はこれらの実験から、双翅目の蛆がイグチの溶解をもたらすのは、《おそらくある種のペプシンによるものであろう》と結論したが、キノコの崩壊の過程は虫の幼虫だけに起因するのではないことを知っていた。

    《それに、ヒトヨタケ類のキノコは自然に溶けて黒い液に変わる。その中の一つ、表現力の豊かな名前で呼ばれている「黒いインクヒトヨタケ」(Coprinus  atramentarius  Bull.)はひとりでにインクになる。

    《この変化は、ある種の場合にはとてつもなく早く起こる。ある日私は、 小さな巾着または壷から生えた、この辺りで一番優雅なヒトヨタケであるマグソヒトヨタケ(Coprinus  sterquilinus  Fries)を描いていた。私がやっと描き終えた時には、初々しいキノコを採集してから二時間しか経っていないのに、モデルは、インクの溜りを机の上に残したまま姿を消していた。ほんのわずかでもぐずぐずしていたら、時間切れで、私はせっかくの珍しい掘出物を無駄にするところであった。(10巻、「昆虫とキノコ」)。

      その上、もっと複雑な問題は、この溶解は蛆の食べ物として不可欠のものであり、《肉の蛆がするように、食べ物をあらかじめポタージュに変えてから飲む》が、その作り出されたものは、実際には、当の蛆にとって有毒なものである。

    《そこで皿の中は、とろりとしたタールにも似た黒いポタージュで満たされる。これを放置して蒸発させると、ポタージュはまるで甘草のエキスを思わせる、堅くて砕けやすい薄い板状に固まる。この中に嵌り込んで、幼虫や蛹は動きがとれず死んでしまう。溶解化学は彼らにとって命取りとなった。攻撃が地面で行なわれる時は、状況は全く違ってくる。余分な液体は除  に地面に吸い込まれてなくなり、蛆や蛹は自由に動ける。私の深皿の中では、それは際限なく溜るので、乾いて固まると、そこの住人を殺してしまう。(10巻、「昆虫とキノコ」)。

p_95【絵】ウシグソヒトヨタケと他のキノコを組み合わせたファ-ブルの図版。1885年頃。

      カミーユ・フォヴェル4 は、ファ-ブルの上記の記述と、また同じ巻の別のところで、「腐敗のウィルス」の犠牲者である可能性が強い、肉のクロバエの蛆についての記述を比較している。

    《この死肉の血膿の中にずっと潜っていた蛆は、今までご馳走であったものを接種して身を危うくするのだろうか...幸いにも私にはずばぬけて器用な協力者がいる。それは寄生  Chalcidien 【コバチ?】である。では彼に尋ねてみよう。微生物を挿入するのに、彼は蛆の腹の膨らみに、何回となく穴を開けている。この穴はきわめて小さい。しかし周囲のウイルスは非常に鋭敏であり、場合によっては、入り込むことが出来るかもしれない...つまり、コバチが開けた微細な穴を通して、蛆はウイルスの接種を受けたのである》(10巻、「蛆の寄生虫」)。

      しかしながらファ-ブルは、昆虫記の中で、《腐敗ポタ-ジュ》の中にいる蛆が、たまたま敗血症に罹ったことと、その同じ蛆が潜っていたポタ-ジュが乾燥したために、絶滅したことに関しての比較は何もしていない。したがって私達は、蛆の《溶解化学》は、彼らにキノコを食事として与えるが、しかし彼らは、この同じ《腐敗ポタ-ジュ》が《徐々に地面に吸い込まれる》のではなく、蓄積され、乾燥すれば、蛆はその中で死んでしまう、とするファ-ブルのただ一つの結論に留まるべきであろう。カミーユ・フォヴェルの分析は、かなり恣意的であるが、ファ-ブルの性格に言及した部分は、なかなか興味深いものである。

    《なぜファ-ブルが「死肉の蛆」のこのすさまじい敗血症の原因を明らかにしないのか?彼はパストウールの発見に興味を失ったからである。二人の学者はかけ離れた平行線を辿っているようであり、ファ-ブルは否定も、悪口も言わず、パストゥールの発見を無視した...それは正直で、実直で、誇り高いファ-ブルがもう一人の偉大な学者パストゥールと理解しあえなかったことに傷ついたためだと推測される》(カミーユ・フォヴェル4 )。

p_96【絵】蚕。ハブナー、「Sammlung  europäischer  Schmetterlinge,1805-1841年。

パリ、国立自然史博物館。

      そしてカミーユ・フォヴェルは、自分の主張の裏付けとして、1865年のパストゥールのファ-ブル訪問を、昆虫記から引用している。当時パストゥールは、南仏の蚕の軟化病による被害の調査のために出向いて来ていた。

    《猛威をふるう伝染病について二・三言葉を交わし、ほかには何の前置きもなく彼は突然

    「繭をいくつか見てみたいのですが」と訪問者は言った。「私はまだ一度も見たことがなくてね、名前しか知らないのですよ。手に入れて貰えますか?」

    「簡単なことですよ。ちょうど私の大家が養蚕業をしており、すぐ隣に住んでいますので。ちょっと待ってて下さい、貴方のおっしゃる物を持ってすぐ戻ってきますから」。

      私はちょっと隣まで駆けていき、ポケットに繭を詰め込んだ。戻ると私は学者にそれを見せた。彼はそれを一個手にして、指の間に挟むとためつすがめつしていた。遠い国からきた不思議な物を見たときには誰でもするように、彼は興味深げに眺め回していた。彼はそれを耳もとで振った。

    「音がしますね。」と驚いたように彼は言った。「中に何か入っているのですか?」

    「もちろんそうです。」

    「なんですか?」

    「蛹ですよ。」

    「蛹っていいますと?」

    「つまり、幼虫が蝶に変わる前のミイラのようなものですよ。」

    「どんな繭にも、そんなものは入っているのですか?」

    「もちろん。蛹を守るために幼虫が紡いだものです。」

    「ああ、そう!」

      それっきりであった。この大きな発見である蛹をゆっくり調べるために、繭は学者のポケットに入れられた。パストゥールのこの素晴らしい自信に私は驚いた。幼虫、繭、蛹、変態を知らずに、パストゥールは蚕を救いに来た!古代の闘技者は裸で競技に臨んだが、同じく養蚕所の災禍に対して、素晴らしい闘士のパストゥールは真っ裸で、危機に瀕している虫についての初歩的な知識もなく、闘技に駆けつけた。私は呆然とした。いや、もっとはっきり言えばうっとりしてしまった。

      逆に、次に起こったことはそれほど私を感動させなかった。その当時パストゥールはもう一つの問題である、加熱による葡萄酒の質の向上に没頭していた。急に話題を変えると、    「葡萄酒倉をお見せなさい」と言った。

      葡萄酒倉を見せる!貧しい私の?ひどく薄給であった当時の教師の給料では、僅かの葡萄酒さえ買えないで、私は甕の中に削った林檎と一掴みのきび砂糖を入れて発酵させ、ピケットのようなものを造っていた。私の酒倉!酒倉を見せる!そこまで言うのであれば、私の樽詰めの葡萄酒、私の年代別、産地別のラベルのある埃りを被った瓶を見せるのも悪くない!私の酒倉を!

      すっかり混乱してしまった私は彼の要求を避けて、話題を変えようとした。しかし彼は頑張った。

    「貴方の酒倉を見せて下さい。」

      これほど固執されたら断わるわけにはいかない。私は指で台所の隅にある藁の無い椅子を示した。その椅子の上には葡萄酒の12リットル入り大瓶が置いてあった。

    「私の酒倉はあれです、ムッシュウ。」

    「あなたの、あれが?」

    「あれ以外にはありません。」

    「あれだけ?」

    「残念ですが、あれだけです。」

    「ああ、そう!」

      それだけであった。学者の口からはそれ以上の言葉は何もでなかった。パストゥールは、俗に言う「腐った飯」の辛い料理など知らないようであった。この古い椅子やほんとんど中身の残っていない大瓶の私の酒倉は、加熱によって防止できる酵素には口をつぐんでいるが、この著名な私の訪問客には通じないような別のことを語っていた。一つの微生物、一番恐ろしいものを彼はまだ発見していなかった。それは意欲の首を絞める貧乏という微生物である》(9巻、「ラングドックのサソリ」)。

      この解釈には、不確かさが現在もまた将来も残るが、カミーユ・フォヴェルの仮説はそんなに悪くない。「トリュフを生む蝿」の論争時に、ファ-ブルはパストゥールの「自然発生」の反論に与していたが、今では、あの不快な接触以来、ファ-ブルは彼のその後の研究を無視しているかのようであった。しかし、私達の役目は判定を下すことではないので、ファ-ブルの人生を述べるだけに留めておこう。

p_97【絵】ホウキタケの一種(ファ-ブルの水彩画)、サランシュのブナ・モミ林で採集、1888年12月12日。

INSECTES ET CHAMPIGNONS

Il serait hors de propos de rappeler mes longues relations avec le Bolet et l'Agaric si l'insecte n'intervenait ici dans une question de grave intérêt. Divers champignons sont comestibles, il y en a même de haut renom ; d'autres sont des poisons redoutables. A moins d'études botaniques non à la portée de tous, comment distinguer l'inoffensif du vénéneux ? Une croyance fort répandue nous dit : tout champignon qu'acceptent les insectes, ou plus fréquemment leurs larves, leurs vers, peut être accepté sans crainte ; tout champignon qu'ils refusent doit être refusé. Ce qui leur est aliment sain ne peut manquer de l'être pour tous ; ce qui leur est poison nous doit être également pernicieux.

Avec une apparence de logique, ainsi raisonne-t-on, sans réfléchir aux aptitudes si diverses des estomacs en fait d'alimentation. Après tout, n'y aurait-il rien de fondé dans cette croyance ? C'est ce que je me propose d'examiner.

L'insecte, à l'état de larve surtout, est l'exploiteur par excellence des champignons. Deux groupes de consommateurs sont à distinguer. Les uns mangent réellement, c'est-à-dire taillent par miettes, mâchent et réduisent en bouchée avalée telle quelle ; les autres s'abreuvent après avoir au préalable converti leur nourriture en bouillon, comme le font les vers de la viande. Les premiers sont les moins nombreux. En me bornant aux données de mes observations faites dans le voisinage, je compte en tout, dans le groupe des masticateurs, quatre coléoptères et la chenille d'une Teigne. Il s'y adjoint le mollusque, représenté par une limace ou plus exactement par un Arion de médiocre taille, brun et paré d'un liséré rouge sur les bords du manteau. Modeste population en somme, mais active et envahissante, la Teigne surtout.

En tête des coléoptères amateurs de champignons, je placerai un Staphylin (Oxyporus rufus Lin.), joliment costumé de rouge, de bleu et de noir. En société de sa larve, cheminant à l'aide d'une béquille dressée sur l'arrière, il fréquente l'Agaric du peuplier (Pholiota oegerita Fries). C'est un spécialiste à régime exclusif. Fréquemment je le rencontre, soit au printemps, soit en automne, et jamais autre part que sur ce champignon.

Il a du reste bien choisi sa part, le gourmet. L'Agaric du peuplier est un de nos meilleurs champignons, malgré sa coloration d'un blanc douteux, sa peau fréquemment craquelée, ses lames souillées de brun-roux à l'émission des spores. Ne jugeons pas des gens sur l'apparence ; des champignons non plus. Tel superbe de forme et de couleur est vénéneux, tel autre de pauvre aspect est excellent.

Encore deux coléoptères spécialistes, tous les deux de petite taille. L'un est le Triplax (Triplax russica Lin.), roux sur la tête et le corselet, noir sur les élytres. Sa larve exploite le Polypore hérissé (Polyporus hispidus Bull.), volumineuse et grossière pièce, hérissée en dessus de poils raides et fixée par le côté aux vieux troncs du mûrier, parfois aussi du noyer et de l'orme. L'autre est l'Anisotome (Anisotoma cinnamomea Panz.), couleur cannelle. Sa larve vit exclusivement dans les truffes.

Le plus intéressant des coléoptères mangeurs de champignons est le Bolbocère (Bolboceras gallicus Muls.). J'ai dit ailleurs sa façon de vivre, sa chansonnette pépiement d'oisillon, ses puits verticaux, creusés à la recherche d'un champignon souterrain (Hydnocystis arenaria Tul.), son habituelle nourriture. Il est aussi fervent amateur de truffes. Je lui ai pris entre les pattes, au fond de son manoir, une vraie truffe de la grosseur d'une noisette, le Tuber Requienii Tul. J'ai essayé de l'élever afin de connaître sa larve ; je l'ai établi dans une ample terrine pleine de sable frais et surmontée d'une cloche. Les Hydnocystes et les Truffes me manquant, je lui ai servi divers champignons de consistance un peu ferme comme le sont ceux de son choix. Il a tout refusé, : Helvelles et Clavaires, Chanterelles et Pezizes.

Avec un Rhizopogon, sorte de petite pomme de terre fungique, fréquente dans les bois de pins à une médiocre profondeur, souvent même à la superficie, le succès a été complet. J'en avais répandu une poignée sur le sable de ma terrine d'éducation. A la nuit close, bien des fois j'ai surpris le Bolbocère qui sortait de son puits, explorait la nappe sablonneuse, choisissait une pièce non trop grosse pour ses forces et doucement la roulait vers son domicile. Il rentrait chez lui en laissant sur le seuil de sa porte, en manière de clôture, le Rhizopogon trop gros pour être introduit. Le lendemain, je retrouvais la pièce rongée, mais seulement à la face inférieure.

Le Bolbocère n'aime pas à consommer en public, à l'air libre ; il lui faut le discret isolement de sa crypte. S'il ne trouve pas sa pâture en fouillant sous terre, il vient chercher à la surface. Un morceau de son goût étant rencontré, il le descend chez lui lorsque les dimensions le permettent, sinon il le laisse sur le seuil de son terrier et le grignote par la base sans reparaître au dehors.

Hydnecyste, Truffe et Rhizopogon sont jusqu'ici les seuls aliments que je lui connaisse. Ces trois exemples nous disent que le Bolbocère n'est plus un spécialiste comme le sont l'Oxypore et le Triplax ; il sait varier son régime ; peut-être se nourrit-il de tous les champignons hypogés indistinctement.

La Teigne étend davantage son domaine. Sa chenille est un vermisseau de cinq à six millimètres, blanc avec la tête noire et luisante. Elle abonde en nombreuses colonies dans la plupart des champignons. Elle attaque de préférence le haut du stipe, pour des raisons de sapidité qui me sont inconnues ; de là elle se répand dans l'épaisseur du chapeau. C'est l'hôte habituel des Bolets, Agarics, Lactaires, Russules. A part certaines espèces et certaines séries, tout lui est bon. Ce débile vermisseau, qui se filera, sous la pièce ravagée, un minime cocon de soie blanche et deviendra un insignifiant papillon, est l'exploiteur primordial.

Mentionnons après l'Arion, le mollusque goulu qui s'attaque lui aussi à la plupart des champignons de quelque volume. Il s'y creuse des niches spacieuses où le béat consomme. Peu nombreux en comparaison des autres exploiteurs, il s'établit ordinairement solitaire. Il a pour mâchoire un vigoureux rabot qui fait d'amples vides dans la pièce attaquée. C'est lui dont les dégâts sont les plus apparents.

Or tous ces grignoteurs se reconnaissent à leurs reliefs de table, miettes et vermoulures. Ils creusent des galeries à parois nettes, ils font des entailles, des érosions sans bavures, ils travaillent en découpeurs. Les autres, les liquéfacteurs, travaillent en chimistes, ils dissolvent au moyen de réactifs. Tous sont des larves de diptères et appartiennent à la plèbe des Muscidés. Ils sont nombreux en espèces. Les distinguer les uns des autres en les élevant pour obtenir l'état parfait amènerait, sans grand profit, longue dépense de temps. Désignons-les par le terme général d'asticot.

Pour les voir à l'oeuvre, je choisis comme pièce d'exploitation le Bolet Satan (Boletus Satanas Lenz), l'un des plus gros champignons qu'il m'est loisible de cueillir dans mon voisinage. Il a le chapeau d'un blanc sale, l'orifice des tubes d'un rouge orangé vif, le stipe renflé en bulbe avec élégant réseau de veinules carminées. J'en divise un parfaitement sain, en deux parts égales que je mets dans deux assiettes profondes, disposées côte à côte. L'une des moitiés reste telle quelle ; ce sera un témoin, un terme de comparaison. L'autre moitié reçoit sur la couche de tubes une paire de douzaines d'asticots pris sur un second Bolet en pleine décomposition.

Le jour même de ces préparatifs s'affirme l'action dissolvante des vers. D'abord d'un rouge vif à la surface, la couche des tubes brunit et difflue sur la pente en stalactites noires. Bientôt la chair est attaquée et devient en peu de jours un brouet semblable à du bitume liquide. La fluidité est presque celle de l'eau. Dans ce bouillon barbotent les asticots, ondulant de la croupe et laissant émerger de temps à autre les orifices respiratoires de l'arrière. C'est l'exacte répétition de ce que nous ont montré les liquéfacteurs de la viande, vers de la Mouche grise et de la Mouche bleue.

Quant à la seconde moitié du Bolet, celle que je n'avais pas peuplée de vermine, elle se conserve compacte, pareille à ce qu'elle était au début, n'étant tenu compte de son aspect un peu flétri dû à l'évaporation. La fluidité est donc bel et bien l'ouvrage des vers, et d'eux seuls.

Cette liquéfaction serait-elle changement aisé ? On le croirait d'abord en voyant avec quelle promptitude elle s'opère par le travail des vers. D'ailleurs certains champignons, les Coprins, se liquéfient spontanément et se convertissent en liquide noir. L'un d'eux porte le nom bien expressif de Coprin atramentaire (Coprinus atramentarius Bull.), le Coprin qui de lui-même se résout en encre.

La conversion, dans certains cas, est d'une singulière rapidité. Un jour, je dessinais un de nos plus élégants Coprins (Coprinus sterquilinus Fries), issu d'une petite bourse ou volva. Mon travail à peine fini, une paire d'heures après la récolte du champignon tout frais, le modèle avait disparu, ne laissant sur la table qu'une mare d'encre. Pour peu que j'eusse différé, le temps me manquait, et je perdais une rare et curieuse trouvaille.

Ce n'est pas à dire que les autre champignons, les Bolets notamment, soient de durée éphémère et privés de consistance. J'en ai fait l'essai avec le Bolet comestible (Boletus edulis Bull.), le fameux Cèpe si savoureux et si estimé. Je me demandais s'il ne serait pas possible d'en retirer une sorte d'extrait Liebig fungique utilisable dans nos préparations culinaires. A cet effet, je fis bouillir des Cèpes coupés en petits morceaux, d'une part dans de l'eau pure, d'autre part dans de l'eau additionnée de carbonate de soude. Le traitement dura deux jours entiers. La chair du Bolet fut indomptable. Il eût fallu pour l'attaquer des drogues violentes, inadmissibles dans le résultat que j'avais en vue.

Ce que laissent à peu près intact l'ébullition prolongée et le concours du carbonate de soude, les vers du diptère le convertissent rapidement en fluide, de même que les vers de la viande fluidifient le blanc d'oeuf cuit. Cela se fait de part et d'autre sans violence, probablement au moyen d'une pepsine spéciale, non la même dans les deux cas. Le liquéfacteur de la viande a la sienne ; le liquéfacteur du Bolet en a une autre.

L'assiette se remplit donc d'un brouet noir, bien coulant, semblable d'aspect à du goudron. Si on laisse, l'évaporation suivre son cours, le bouillon se prend en une plaque dure et friable rappelant l'extrait de réglisse. Enchâssés dans cette gangue, larves et pupes périssent, incapables de se libérer. La chimie dissolvante leur a été fatale. Les conditions sont tout autres lorsque l'attaque se fait à la surface du sol. Absorbé à mesure par la terre, le liquide en excès disparaît, laissant libre la population. Dans mes jattes, indéfiniment il s'amasse et tue les habitants lorsqu'il se dessèche en couche solide.

Soumis au travail des asticots, le Bolet pourpre (Boletus purpureus Fries)donne les mêmes résultats que le Bolet Satan, c'est-à-dire un brouet noir. Notons que les deux champignons bleuissent par la rupture et surtout l'écrasement. Avec le Bolet comestible, dont la chair coupée reste invariablement blanche, le produit de la liquéfaction par la vermine est d'un marron très clair. Avec l'Oronge, le résultat est une bouillie que le regard prendrait pour une fine marmelade d'abricots. L'essai des divers autres champignons confirme la règle : tous, attaqués par l'asticot, se résolvent en purée plus ou moins coulante, et variable de coloration.

Pourquoi les deux Bolets à tubes rouges, le Bolet pourpre et le Bolet Satan, se changent-ils en brouet noir ? Il me semble en entrevoir le motif. Tous les deux bleuissent, avec mélange de verdâtre. Une troisième espèce, le Bolet cyanescent (Boletus cyanescens Bull.)var. lacteus Léveillé), est d'une extrême sensibilité chromatique. Meurtrissons-le fort légèrement, n'importe où, sur le chapeau, le stipe, la couche de tubes ; aussitôt la partie froissée, d'abord d'un blanc pur, se colore en bleu superbe.

Mettons ce Bolet dans une atmosphère de gaz carbonique. Maintenant nous pouvons le contusionner, l'écraser, le réduire en pulpe, et le bleu ne se montre plus. Mais puisons dans la masse écrasée : à l'instant, au contact de l'air, la matière magnifiquement bleuit. Cela rappelle certain procédé usité en teinture. De l'indigo du commerce mis macérer dans de l'eau en présence de la chaux et du sulfate de fer, couperose verte, perd une partie de son oxygène ; il se décolore et devient soluble dans l'eau, tel qu'il l'était dans la plante originelle, l'indigotier, avant la préparation que cette plante a subie. Il surnage un liquide sans couleur. Exposons à l'air une goutte de ce liquide. Subitement l'oxydation travaille le produit ; l'indigo se refait, insoluble et coloré de bleu.

C'est précisément ce que nous montrent les Bolets prompts à bleuir. Contiendraient-ils en effet de l'indigo soluble et sans couleur ? On l'affirmerait si certaines propriétés ne donnaient prise au doute. Par une exposition prolongée à l'air, les Bolets aptes à bleuir, en particulier le plus remarquable, le Bolet cyanescent, se décolorent au lieu de conserver le bleu fixe qui serait le signe du véritable indigo. Toujours est-il que ces champignons contiennent un principe colorant très altérable à l'air. Pourquoi n'y verrait-on pas la cause de la teinte noire lorsque les asticots ont liquéfié les Bolets bleuissants ? Les autres, à chair blanche, le Bolet comestible par exemple, ne prennent pas cet aspect de bitume une fois liquéfiés par les vers.

Tous les Bolets qui, fractionnés, virent au bleu ont mauvaise réputation ; les livres les traitent de dangereux, tout au moins de suspects. Le nom de Satan donné à l'un d'eux témoigne assez de nos craintes. La Teigne et l'Asticot sont d'un autre avis ; passionnément ils exploitent ce que nous redoutons. Or, chose étrange, ces fanatiques du Bolet Satanas refusent absolument certains champignons, pour nous mets délicieux Tel est le plus célèbre de tous, l'Oronge, que les Romains de l'empire passés maîtres ès choses de la gueule, appelaient mets des dieux, cibus deorum, Agaric des Césars, Agaricus Coesareus.

De nos divers champignons c'est le plus élégant. Lorsqu'il prépare sa sortie en soulevant la terre crevassée, c'est un bel ovoïde formé par l'enveloppe générale, la volva. Puis cette bourse doucement se déchire et par l'ouverture étoilée se voit en partie un objet globuleux magnifiquement orangé. Supposons un oeuf de poule cuit à l'eau bouillante. Enlevons, la coque. Le reste sera l'Oronge dans sa bourse. Enlevons dans le haut une partie du blanc et mettons le jaune un peu à découvert. Ce sera l'Oronge naissante. La similitude est parfaite. Aussi les gens du pays, frappés par cette ressemblance, appellent-ils l'Oronge lou Rousset d'ioù, autrement dit le jaune d'oeuf. Bientôt le chapeau se dégage en plein et s'étale en disque plus doux au toucher que le satin, plus riche au regard que le fruit des Hespérides. Au milieu des bruyère roses, c'est objet ravissant.

Eh bien, ce superbe Agaric (Amanita Coesarea Scop), ce mets des dieux, l'asticot n'en veut absolument pas. Mes fréquents examens ne m'ont jamais montré dans la campagne une Oronge exploitée par les vers. Il faut l'internement dans un bocal et l'absence d'autres vivres pour décider l'attaque, et encore la marmelade obtenue ne paraît guère agréer. Après liquéfaction, les vers cherchent à s'en aller, preuve que la nourriture ne leur est pas agréable. Le mollusque pareillement, l'Arlon, est loin d'être un fervent consommateur. Passant près d'une Oronge et ne trouvant pas mieux, il s'y arrête et déguste sans bien insister. Si donc il nous fallait le témoignage de l'insecte, ou même celui de la limace pour reconnaître les champignons bons à manger, nous refuserions précisément le meilleur.

Respectée de la vermine, la superbe Oronge est néanmoins ruinée, non par des larves, mais par un parasite cryptogamique, le Mycogone roseae, qui s'y étale en lèpre purpurine et le convertit en putrilage. Je ne lui connais pas d'autre exploiteur.

Une seconde Amanite (Amanita vaginata Bull.), joliment striée sur les bords du chapeau, est un manger exquis, presque à l'égal de l'Oronge. On l'appelle ici lou pichot gris, le petit gris, à cause de sa coloration ordinairement d'un gris cendré. Ni l'asticot ni la Teigne, encore plus entreprenante, n'y touchent jamais. Même refus au sujet de l'Amanite panthère (Amanita pantherina D. C.), de l'Amanite printanière (Amanita verna Fries), de l'Amanite citrine (Amanita citrina Schaeff.), toutes trois vénéneuses.

En somme, qu'elle soit pour nous mets délicieux ou poison, aucune Amanite n'est acceptée des vers. Seul l'Arion y mord parfois. La cause de ce refus nous échappe. Vainement, au sujet de l'Amanite panthère, par exemple, on donnerait pour raison la présence d'un alcaloïde fatal aux vers, il y aurait à se demander pourquoi l'Oronge, l'Amanite des Césars, exempte de tout poison, est refusée non moins rigoureusement que les espèces vénéneuses. Serait-ce alors manque de sapidité, défaut d'assaisonnement propre à stimuler l'appétit ? Mâchées, en effet, à l'état cru, les Amanites n'ont rien de provoquant comme saveur.

Que nous apprendront les champignons fortement pimentés ? Voici dans les bois de pins le Lactaire mouton (Lactarius torminosus Schaeff.) roulé en volute sur les bords et vêtu d'une toison crépue. La saveur en est brûlante, pire que celle du poivre de Cayenne. Torminosus veut dire qui donne ces coliques. La dénomination ne manque pas d'à-propos. A moins d'avoir un estomac fait exprès, celui-là serait singulièrement travaillé qui ferait usage de telle nourriture. Or, cet estomac, la vermine le possède ; elle fait régal des âcretés du Lactaire mouton comme la chenille des tithymales broute délicieusement le feuillage abominable des euphorbes. Quant à nous, dans l'un et l'autre cas, ce serait mâcher de la braise.

Tel condiment est-il nécessaire aux vers ? En aucune façon. Voici, dans les mêmes bois de pins, le Lactaire délicieux (Lactarius deliciosus Lin.), superbe cratère d'un roux orangé, orné de zones concentriques. Aux points froissés il prend une coloration vert-de-gris, variété peut être de la teinte indigo propre aux Bolets bleuissants. De sa chair mise à nu par la cassure ou le couteau, suintent des pleurs d'un rouge de sang, caractère très net, propre à ce Lactaire. Ici disparaissent les brutales épices du Lactaire mouton ; mâchée crue, la chair est d'un goût agréable. N'importe, la vermine exploite le Lactaire bénin avec la même ferveur qu'elle exploite le Lactaire atrocement poivré. Pour elle, le doux et le fort, l'insipide et le pimenté sont même chose.

Le qualificatif de délicieux donné au champignon pleurant de sa blessure des larmes de sang est très exagéré. Ce Lactaire est comestible, il est vrai, mais c'est un manger grossier, de digestion pénible. Ma maisonnée le refuse comme préparation culinaire. On préfère le mettre macérer dans du vinaigre et l'employer après en guise de cornichons. La réelle valeur de ce champignon est largement surfaite par un qualificatif trop élogieux.

Faudrait-il pour convenir aux vers un certain degré de consistance intermédiaire entre la souplesse des Amanites et la fermeté des Lactaires ? Interrogeons à ce sujet l'Agaric de l'olivier (Pleurotus phosphoreus Batt.), superbe champignon coloré de roux-jujube. Son nom vulgaire n'est pas des mieux mérités. Il est fréquent, il est vrai, à la base des vieux oliviers, mais je les cueille aussi aux pieds du buis, de l'yeuse, du prunellier, du cyprès, de l'amandier, de la viorne et autres arbres et arbustes. La nature du support paraît lui être assez indifférente. Un trait plus remarquable le distingue de tous les autres champignons de l'Europe. Il est phosphorescent.

A la face inférieure, et là seulement, il émet une douce et blanche luminosité semblable à celle du ver luisant. Il s'illumine pour célébrer ses noces et l'émission de ses spores. Le phosphore des chimistes n'est ici pour rien. C'est une combustion lente, une sorte de respiration plus active qu'à l'état ordinaire. L'émission lumineuse s'éteint dans les gaz irrespirables, l'azote, le gaz carbonique ; elle persiste dans l'eau aérée ; elle cesse dans l'eau privée d'air par l'ébullition. Elle est faible d'ailleurs au point de n'être sensible que dans une obscurité profonde. De nuit, et même de jour si les yeux sont préparés par une station préalable dans les ténèbres d'un caveau, c'est spectacle merveilleux que cet Agaric semblable à un morceau de pleine lune.

Or, que fait la vermine ? Est-elle attirée par ce fanal ? En aucune manière : asticots, teignes et limaces jamais ne touchent au splendide champignon. Ne nous empressons pas d'expliquer ce refus par les propriétés nocives de l'Agaric de l'olivier, que l'on dit très vénéneux. Voici, en effet, dans les terrains caillouteux des garrigues, l'Agaric du panicaut (Pleurotus Eryngii D. C.), de même consistance que le précédent. C'est la Berigoulo des Provençaux, un des champignons les plus estimés. Eh bien, la vermine n'en veut pas ; ce qui fait notre régal lui est odieux.

Inutile de continuer ce genre d'informations ; la réponse serait partout la même. L'insecte, qui se nourrit de tel champignon et refuse les autres, ne peut en aucune manière nous renseigner sur les espèces qui pour nous sont comestibles ou dangereuses. Son estomac n'est pas le nôtre. Il affirme excellent ce que nous trouvons poison ; il affirme poison ce que nous trouvons excellent. Alors, si nous manquent les connaissances botaniques que la plupart n'ont ni le temps ni le goût d'acquérir, quelle règle de conduite devons-nous suivre ? Cette règle est des plus simples.

Depuis une trentaine d'années que j'habite Sérignan, je n'ai jamais entendu parler du moindre cas d'empoisonnement par les champignons dans le village, et cependant il s'en fait ici abondante consommation, en automne surtout. Il n'est pas de famille qui ne récolte, dans quelque promenade à la montagne, un précieux appoint à ses modiques ressources alimentaires. Et que récolte-t-on ? Un peu de tout.

Bien des fois, courant les bois du voisinage, je visite les paniers des récolteurs et des récolteuses, qui volontiers me laissent faire. J'y vois de quoi scandaliser les maîtres en mycologie. J'y trouve fréquemment le Bolet pourpre, classé parmi les dangereux. J'en faisais un jour l'observation à un ramasseur. Il me regarda d'un air étonné. « Lui, le pain de loup [ Les Bolets sont connus ici sous le nom général de pan de loup, pain de loup. On les utilise indistinctement en cuisine après avoir enlevé la couche de tubes, la mousso, aisément séparable. ], un poison ! disait-il en tapotant de la main le corpulent bolet ! Allons donc ! Moelle de boeuf, monsieur, vraie moelle de boeuf. » Il sourit de mes scrupules et partit avec une pauvre opinion de mes connaissances en fait de champignons.

Dans les dits paniers je trouve l'Agaric annulaire (Armillaria mellea Fries), qualifié de valde venenatus par Persoon, un maître en la matière. C'est même le champignon dont l'emploi est le plus fréquent, à cause de son abondance, à la base des mûriers surtout. J'y trouve le Bolet Satan, dangereux tentateur ; le Lactaire zoné (Lactarius zonarius Bull.), dont l'âcreté rivalise avec le poivre du Lactaire mouton ; l'Amanite à tête lisse (Amanita leiocephala D. C.), magnifique coupole blanche, issue d'une ample volva et frangée sur les bords de ruines farineuses semblables à des flocons de caséine. L'odeur vireuse et l'arrière-goût de savon devraient rendre suspecte cette coupole d'ivoire. On n'en tient compte.

Comment, avec telle insoucieuse récolte, évite-t-on les accidents ? Dans mon village et bien loin à la ronde, il est de règle de faire blanchir les champignons, c'est-à-dire de les faire cuire dans l'eau bouillante, légèrement salée. Quelques lavages à l'eau froide achèvent le traitement. Ils sont alors préparés de telle façon que l'on veut. De la sorte, ce qui pourrait être dangereux au début devient inoffensif, parce que l'ébullition préalable et les lavages ont éliminé les principes nocifs.

Mon expérience personnelle confirme l'efficacité de la méthode rurale. Très fréquemment j'ai fait usage, avec ma famille, de l'Agaric annulaire, réputé très vénéneux. Assaini par l'eau bouillante, c'est un mets dont je n'ai que du bien à dire. Très souvent encore a paru sur ma table, après ébullition, l'Amanite à tête lisse, qui, non traitée de cette façon, ne serait pas sans danger. J'ai essayé les Bolets bleuissants, en particulier le Bolet pourpre et le Satanas. Ils ont très bien répondu à l'élogieuse appellation de moelle de boeuf que leur donnait le ramasseur peu confiant en mes conseils de prudence. J'ai fait parfois emploi de l'Amanite panthère, si malfamée dans les livres : rien de fâcheux n'en est résulté. Un de mes amis, médecin, à qui j'avais fait part de mes idées sur le traitement par l'eau bouillante, voulut essayer de son côté. Pour le repas du soir, il choisit l'Amanite citrine, de mauvais renom à l'égal de l'Amanite panthère. Tout se passa sans le moindre encombre. Un autre de mes amis, précisément l'aveugle en compagnie de qui je devais un jour déguster le Cossus des gourmets de Rome, s'est permis l'Agaric de l'olivier, si redoutable, dit-on. Le mets fut, sinon excellent, du moins inoffensif.

De ces faits il résulte qu'une bonne ébullition préalable est la meilleure sauvegarde contre les accidents occasionnés par les champignons. Si l'insecte exploitant telle espèce et refusant telle autre, ne peut en rien nous guider, du moins la sagesse rurale, fruit d'une longue expérience, nous dicte une règle de conduite efficace autant que simple. Une cueillette de champignons vous a séduit, et vous êtes incomplètement renseigné sur leurs propriétés bénignes ou malfaisantes. Alors faites blanchir, et sérieusement blanchir. Sorti du purgatoire de la marmite, le suspect pourra se consommer sans appréhension.

Mais c'est là, dira-t-on, cuisine de sauvage ; le traitement par l'eau bouillante réduira les champignons en purée ; elle leur enlèvera tout arôme et toute sapidité. — Erreur profonde. Le champignon supporte très bien l'épreuve. J'ai dit mon insuccès à dompter les cèpes lorsque je me proposais d'en obtenir un extrait. Une ébullition prolongée et le concours du carbonate de soude, loin de les réduire en marmelade, les ont laissés à peu près intacts. Les autres champignons qui, par leur volume, méritent des considérations culinaires, présentent le même degré de résistance.

En second lieu, la sapidité n'y perd rien, et l'arôme ne s'affaiblit guère. De plus, la digestibilité s'améliore beaucoup, condition de premier ordre dans un mets en général lourd à l'estomac. Aussi, dans mon ménage, l'habitude est de soumettre le tout à l'eau bouillante, même la glorieuse Oronge.

Je suis un profane, il est vrai, un barbare que séduisent peu les raffinements de la cuisine. Je n'ai pas en vue le gourmet, mais le frugal, le travailleur des champs surtout. Je me croirais dédommagé de mes persévérantes observations si je parvenais, si peu soit-il, à populariser la prudente recette provençale concernant les champignons, nourriture excellente qui fait agréable diversion à la platée de haricots ou de pommes de terre, lorsqu'on sait tourner la difficulté de la distinction entre l'inoffensif et le dangereux.


source : Souvenirs entomologiques, Jean-Henri FABRE, 1907, Xème Série, Chapitre 20.